『ミッドナイトスワン』映画感想

2020年作品

まず、予備知識も無く、この映画を見たんだ。草彅剛主演という事、そして、テーマがトランスジェンダーなのか。いや、ポスターからは、美しい女装をする草彅剛しか見えない。 近年、今もSMAPのメンバーが主役と言えば、SMAPファンの客が入るのが当然の如く。混む予想はしていた。 今日も、レディースデイ。ほぼ満席近いシアターに、私はいた。

『ミッドナイトスワン』あらすじ

 最初のシーンは、白いチュチュ。真っ暗な中、赤い唇、泣く女…。女装クラブであろうバレエショーの前に、泣いている人は、付き合ってた彼氏に振られたであろうセリフ…。 慰め合う中、どうしてもバレエの衣装のチャックが上に上がりきっていない事が気になって仕方なかった私。 バレエが始まると、女装している男達が、華麗に舞う。バックでステップ踏むシーンには、先ほど私が気になった衣装のチャックは、‘ちゃんと’閉まりきっていた。 ソレは、プロと言うことを感じた。

 一方、広島では、今日も親がキャバクラで呑んだくれている。ちゃんと仕事も出来ず、中学生のイチカは、繁華街を通り親をキャバクラ迄迎えに行く。ようやく、親という名の大人の女性を支えて帰って来たと思ったら、母は近所で人に当たり…イチカにもあたる。イチカは母を寝かしつけるも、母はイチカを呼び‘ちゃんと出来ん’と言う。 イチカは、叫びたい衝動に駆られつつも思い切り自分の腕を噛む。自傷行為。

また、場面は戻る。女装クラブでダンスを終えたバレエダンサー達。キャバクラと言うかショーを見せるクラブだ。 楽屋で振られて泣いて居たであろう人が、お客のダイバーの逞しい男にはしゃぐ。草彅剛演じるナギサも、「海って良いじゃない」と、話す。その時に、クラブのママ?か他のキャストに「メランコリーじゃない?」と言われる。 ………この映画の作品の全体のテーマが、この“メランコリーさ”ではないか?と、冒頭思った。

文春文庫『ミッドナイトスワン』 (←監督著・文庫本試し読みもアリ)

 クラブから出て、病院に居るナギサ。恐らくホルモン注射を打っている。だが、下の工事は終わっていない。怠そうな闇医者の様な先生に’そろそろ手術したら‘と、促される。’お金を貯めてるから‘と答えるナギサ。 そうは言っても、’なかなか貯まらない、手術を初められない‘と医者に言われアンニュイな顔をしていた。

 ナギサの家は古いマンション。好きなものに囲まれ、暮らしていた。大きな貯金箱?にお札を貯め、いつか女性になる夢を見ていた。場所は東京・新宿。 よくもまぁ、古い汚いマンションを見つけてくるなと思ったが、こう言う古いマンションは、確かに都会の一等地にも未だにあるなと思った。時代設定は現代なのだろうか…と、探り探り見るのだが、あまり時代設定は無いっぽい。

 ナギサに実家から一本の電話で、冒頭の広島で生活している親戚の母が育児放棄していると、イチカと言う少女を東京のナギサの元に送ると言う。イチカの養育費は出すと言うので、短期の転校で東京へ中学を移動した。 奇妙な2人の生活が始まった…。

 最初は、奴隷の様に扱っているの?くらいなナギサのイチカに対する態度。勝手に学校に行け、面倒があっても学校に行かない、掃除をしておけ…人として、本当に酷い有り様だった。 一方、イチカは転校し喋らないし、クラスの男子に怪我を負わせる。そんなイチカはナギサの使っているバレエの衣装に興味を示す。街で見かけた同じ歳くらいの学生が話しているのを聞き、後をつけると、バレエ教室に辿り着く。バレエには興味がある様で、そっと外から覗く。 此れキッカケで、同じ学校の女の子がバレエ教室にいたので仲良くもなり、お金のない中、その金持ちの女の子に危ない撮影会に誘われそのお金でバレエ教室に通う。 才能がある中、バレエの先生に認められグングン上達していくも、イチカの友達りんは、足を怪我した上、少し嫉妬している様だった。 イチカに撮影会の‘個別撮影’を進められ、バレエを続けるにはお金が居ると撮影に行くも、1対1の個撮にて危機感を感じたイチカは抵抗し、叫ぶ。 この後で、グイグイと、引き込まれるストーリー。 草彅剛演じるナギサが、初めてイチカを抱きしめ、「私らみたいなもんは…」とイチカの泣き叫びを抱きとめる。ナギサの本音自体は、呑んだ帰りに荒れて泣きながら薬を飲むシーンにイチカに既に本音は見せていたのだけど。 此処から、ナギサは、イチカを心から迎え入れたと思う。 自分の仕事先に連れて行き、初めてイチカのバレエの姿を見て更に。

 更にイチカに何かしてあげたいと、危ない橋を渡り身体を売ろうとしたり、男の格好に戻り就職したり。それはもう、全てを捧げていた。イチカは反して女性の姿から男性の姿に戻ってまで自分に捧げる事を泣いた。 イチカもどんどん、バレエが上手くなり成長していき、コンクールに出る事に。ナギサの居ない時にマンションに母が現れる迄は、平和だった。迎えに来た母親。 場面変わり、休日の遠征の手続きは、ナギサは女装をして一緒に着いていく。その時に、待合で待っている母子を見て、“お母さん”を感じるイチカ。 コンクールの1曲目が始まり、上手くいくが、2曲目に何故か足が動かない。 客席にいるはずの無い、片足を痛め断裂し2度とバレエが出来なくなったりんを見る。りんはその頃、親戚の結婚式。屋上のホームパーティーにて参加の際は、イチカのコンクールに見に行けなかった時間、イチカと同じ曲をイヤフォンで流し新郎新婦が入場前の会場で踊っていた。〜が、最期、音楽の終了と共に遠くへ、屋上の上から、飛んだ。

 この辺りから、物語の終盤、面白くなくなる。 りんが屋上から落ちてしまうかも?と言う展開は読めた。 そして、広島に帰ってしまうイチカを誰も止められず。 ナギサは、バレエの先生と話した際に自然に「お母さん」とナギサの事を呼ぶ。其れにナギサは笑っていたが、本気で女性になろうと、タイに行く。 “母になる”。 広島に迎えに行くナギサには、迷いは無かった。上から下まで手術をし、’女に‘なったナギサにナギサの母や親戚は慄く。 迎えに行ったが、イチカは一緒には付いていけなかった。

 中学に通いつつ、バレエ教室の先生が広島に通いながら教えてたレッスン。中学卒業と同時に、実母に“東京に行く”とイチカ。其処から東京に向かうが、最初にナギサに会った新宿駅前の階段で、同じ場所での再会かと思ったが、その場所のシーンだけ出て、ナギサの引越し先に直接向かうイチカがいた。 新宿であろうとあるアパートメントの一室に、呼んでも出てこない部屋のドアを開けると異様な雰囲気。ナギサは最初、イチカをヘルパーさんかと思い、オムツを変えてくれと言う。 大画面に映し出されるナギサのオムツから漏れる出血。ナギサの手を握り泣くイチカに気付き、ナギサは「メンテナンスを怠ったらこうなちゃった」と言ったと思う。 

ナギサの無残な姿まで

 …度々、この映画では、台詞の聞き取り辛い場所があった。私は耳が良いし、前から2列目で見ていたが、本当に、男の人特有の優しく囁く様な声が、聞き取りくもある作品です。 女性の気持ちを持ちながら、中身は男の人なので、そう言う特性だろうとは思うけれど。 他の人のこの映画の感想だと、‘手術に失敗しちゃった’と捉えたそうです。私は、ナギサさんが、“メンテナンスを怠ったから失敗した”と聞こえたので、原作本を読んでいる人には真実は分かると思いますが。 では何故、他の映画感想の様に私が、手術に失敗と思わなかったのか? それは、恐らく…いや、街の雰囲気でタイと判る処のシーン。 この映画はなかなか、時代背景の年代が判り辛いが、今でもこの数十年前もタイでの性転換手術は有名な場所です。 まず、お金が日本より断然安い、そしてタイというアジアでは相当勉強しなければ、医者になれない。故に、闇医者の様な存在でも無い(大病院の様なシーンでした)し、技術は確かだと思うので、性転換手術自体が失敗では無いと思いました。 タイでの手術が、常識とは言いませんが、何故、性転換手術=タイと結びつくかと言うとやはり、某有名な場所でのダンサーも手術をするならタイと聞いた事が20数年前から聞いてたのと、私が2回タイに訪れ、やはり綺麗な女性になった人を見た経験です。1度は、現地の人に、ショーパブの様な処に連れて行かれた時にとても綺麗な女性になり、高い技術を感じました。

 この映画に至っては、イチカを広島に迎えに行くシーンでナギサさんの手術は成功したのを感じました。その後の、イチカが上京して見た散々なナギサさんは、とても…目を伏せたい光景でした。メンテナンスとは?とお思いでしょうが、性転換手術にしても、手術が終わったら終わりではなく、その後も、術後の経過を病院に通わなければいけません。それは、海外で手術したとしてもです。 あと、暫くは女性ホルモンの注射を受けなければいけないのではないでしょうか…。 私の父が前立腺がんで手術を失敗された際(前立腺とは、男性機能しか付いてない部分の処です。癌に手術は、其処を切り癌を切除。手術に失敗と言う事は、切除部分を外れて切った為、尿漏れが起きてしまった)に、術後に尿漏れがするのを止めるのも一環で女性ホルモンの注射を打ち続けました。 この映画の場合、ナギサさんは、女性の体に全て胸も作り、下も取りとした後、女性ホルモンの注射を打ち続けると、胸が大きくなります。そのメンテナンスで、女性ホルモンの注射を打たず、術後の経過を病院に通わなかった為、なんらかの不具合があり、ホルモンバランスが崩れたと思います。 手術は…完全に失敗とは言い切れ無いと思いました。若干の術後のメンテナンスで防げた、早期発見で治療出来たと推測はされます。 ホルモンバランスが崩れただけで、あんな状態になるか?と思いますが、私自身、経過は違いますが、甲状腺のホルモンバランスが崩れた病気を患っております。私の病気で言えば、ホルモンバランスが崩れただけで、熱・汗・体重の変化・精神的な気持ちのバランス崩れはこの病気にあります。 ナギサさんの場合は、ホルモンバランスが崩れた状態で、下半身に何らかの菌が入り込み、肥大したと見受けられます。 それは、全て、自己責任ですが、目も不自由であり、下半身の大量出血から見て、区役所に障がいを負っている届け出を出せば、障がいによる助成金が出ると思われます。かなりの重度(視力低下・下半身の出血)なので、金額も安く無い位は出るはずです。毎日のヘルパーさんを頼み、部屋も掃除してもらい普通に生活出来る家に住める位の生活は出来る筈だと思います…現実的に言えば。 が、此れは映画なので誇張をしています。もしくは、区役所に届け出も出さない程で貯金を切り崩し生活してたのだろうか?とも思いますが、ボランティア(ヘルパーさん)を頼んでいるので、役所に行けなくは無かったとこの物語上でも思うのです。 沢山沢山、苦労してきたイチカが、また、愛するナギサさんに謝りつつ、介護しながらの生活かと思うと目を伏せたいくらいでした。

白鳥の結末へ…

更に、自分の最期を悟ったのかナギサは海を見たいとイチカにお願いします。 イチカの踊るシーンを見ながら、目を閉じていく…。 けど、こんなおわり方があってたまるものか!と。性同一性障害(トランスジェンダー)を患い、苦しみながら生きるナギサ。イチカはりんとLGBTの様な女性同性愛の様なシーンもある。この作品は、“ミッドナイトスワン”と言う様に、‘深い夜だけ生きている(生きていける)美しい白鳥“を描いたものだと思う。<※途中にイチカとナギサが公園?のレストラン前で踊るシーンで老人にそう表現される> 儚く綺麗で…脆い様な代名詞で、白鳥と名付けたのだろうけど。この映画は、この物語のナギサは、もっと、違う幸せな生きかたがあったのでは無いか?救われたのでは?と思ってしまわずにはいられない。 ナギサの最期。そして、ナギサの後を継ぐであろう表現の、赤を身に纏ったイチカ。 これからも、いやこれまでの中学生から高校生の歳の最初にかけて’濃い時間‘を過ごしたイチカ。強く、生きていく…そう言うメッセージの物語だろうけど。やはり、幸せでは無い、’イチカが不幸‘な10代を過ごした物語は、辛い。

バレエシーンが飛び抜けて上手い

 この物語の主人公であるイチカ役には、最初からバレエが出来る女の子を選んだであろうと言うのは、見ててわかる。イチカ役服部樹咲。新人でありながら、バレエを幼い頃から習いコンクールにも出ている経験者だ。(ミッドナイトスワン公式ホームページよりプロフィール参照) 其れはどんな人も見ていて分かる。凄まじい練習量に付いていく体力と精神力。最初は、下手に踊っていたろう。其れは、バレエが上手く出来る迄を逆再生して描いた。 イチカがバレエをナギサに促されて一緒に踊るシーンも印象的だった。役者として新人ながら、役者を堂々と演じ切ったと思う。 バレエ自体は、私も幼い頃に齧ったので、震えそうになる程、上手い事は分かった。柔軟、手の運び、足のポジション、身体全体の表現…合わせて、素敵な踊り。1番最後の踊りには、海辺で足元が悪いにも関わらず綺麗に踊れているのは、相当年季がいった踊りかただ。若干実年齢14歳にして、10年踊っていると言う年季が違う。

草彅剛の美しい姿

 表現するには、あまりにも語彙力無いですが、兎に角最初から女装の姿がお美しかったです。 私自身、あまり彼のドラマや映画をどっぷり拝見していませんが、時代はSMAPの黄金期を駆け抜けた世代ですので、アイドルの草彅くんが、バラエティのスマスマではなく、演技としての女装をして、しかも今現代の問題に直面している様な作品に出ている事が、もう…感慨深いです。 当たり前の常套句の様に’体当たりの演技‘とは言いたくありません。 そんな簡単な言葉で言えないほど、彼は美しく、ナギサとして存在していました。映画が、2.5次元や3次元であるならば、この世の本当の世界に存在しててもおかしくない位に。本当にいるかの様に”居た“。ただ、その存在は辛く、弱く、脆かった。 中身は女性でも、ちゃんと男としての弱さも持ち合わせてるなと思ったのは、イチカが家でキレて言い返さない事に、男性の弱さを感じました。虚勢を張る男もいるけど、ナギサはそうでは無かった。其れが、現実に居る、存在する感を増しました。 また、一長一短では”出来ない“と思う、ヒールでの歩きかた、走りかたは、もう女性そのもの。普段から草彅くんが履いてるのか?と思うくらい自然です。 ただ、アイドルの草彅くんが、バレエをイチカに習うシーンで踊れない訳がない。だけど、ナギサとしては、踊れていない。 ………いやもう、”草彅剛さん“ではなく、やはり、”凪沙“はこの世に存在するんだよと、存在感を圧倒していた。

映画『ミッドナイトスワン』総評

上記の、イチカのバレエシーンの素晴らしさ、草彅くんの存在感を合わせても、あの結末は、”実際にありそうな物語“だからこそ、悲しい結末で辛かった。 きっと、草彅くんのファンなら、ナギサの哀れなオムツ大量出血のシーンに号泣せずにいられなかったと思います。 映画としては、ナギサの最期に”泣かせにきてる“と批評があった様に、この映画の結末・もどかしさは、残念です。久々に、「この映画って何で作ったの?」と思いました。20数年ぶりに思ったよ!『ライク・サムワン・インラブ』以来、何で作ったの?この映画ーーーー?と思った。『ライク・サム〜』に関しては、其処に暴力も含まれるし、終わりかたが最悪でも、日本ってこうだよね?と言う外国の監督の想いが勘違い方面に出ていて、アジアの賞を取る作品特有の、妖艶さ、社会問題等を含み見ました!と言わんばかりの作品でした。この、ミッドナイトスワンも、だが、そうでありましたーーーーーーーーー! 社会問題を考えつつ、LGBTとトランスジェンダーってこう辛いでしょ?では済まされない作品です!確かに、そう言う本人達に刺さる作品かもしれませんが、ナギサさんが明るい未来になる未来もあったでしょうがーーー! 前半はイチカが、成長する際に、バレエの先生とナギサさんとで2人のママの様な状態で良かったでしょうがーーー!何で最期不幸なのーーー?と思いました。 悲しいより、何で…何で…と言う感想だった。

評価 :2/5。

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