『HOKUSAI』感想

2020年作品

北斎…

その名は世界に知れ渡っている程、江戸時代後期の浮世絵師。

北斎と聞いて、‘葛飾北斎’‘東海道五拾三次’‘浮世絵師’とはよく知られてるワードだと思う。

実際、その絵を見れば魅せられる。 私も絵を描くもののハシクレとして、見に行こうと思った。

今年、映画館自粛明け1作目!劇場に見に行った最初の映画“HOKUSAI”。

どんな作品だろう?

『HOKUSAI』あらすじ

北斎は昔から、砂に絵を描いていた程、絵が好きだった。

時は江戸。 

第1章では、北斎の幼い頃からを描く。〈幼い頃の名は川村時太郎〉

青年(柳楽優弥)〈青年期は鉄倉や八戸右衛門の名 北斎の通称名が出るまで以下青年と記載します〉になり、長屋で絵を売りながら生活を立てている。

主人公の青年(後の葛飾北斎)

 場所は変わり、蔦屋重三郎(阿部寛)の店では浮世絵師を教え、販売しているが、お上(お殿様)が、娯楽ごとを全て没収していた。

蔦屋の店にも、お上の向けた侍達が踏み込み。蔦屋の店は見せしめに店の販売してる絵を全て没収され、店前で焼かれる。

 ある日、店主蔦屋に、店で働いてる従業員滝沢(辻本祐希)が“絵の上手いモノがいる”と口利きをし、蔦屋は、その青年の家を訪れる。

 広場で絵を売っていた青年は家に帰ると、蔦屋が自分の絵を見ていた。“俺の処で育ててやる”と蔦屋は話を持ちかけるが、自分で絵を好きなように描きたいと、断る。

 翌日?、家に帰ると蔦屋の家紋の布に金貨が包まれて居たので、青年は蔦屋の店を訪れる。

すると、蔦屋は遊郭に居る〜と教えて貰う。

青年は遊郭を訪れると、京から来た遊女と絵師、蔦屋が其処にはいた。

 京から来たその遊女は、以前、その青年が絵を描かせてくれと金を払って描いた事がある京女だった。 

ただ、その絵を知る絵師…歌麿(玉木宏)と、蔦屋は、その青年に“お前の絵には色気が無い(女を知らないから)”と言う。

 青年は頭にきて部屋を出ようとするが、今から遊女を描くから、その襖を閉めろと言われ、閉め、絵師 歌麿の絵を描く様を見る。魅せられる絵…。触発され、その青年も、絵を描く。

蔦屋の処に持参し、あの歌麿よりは上手いぞと、蔦屋に言うが、“何の為に描いているのか?”と問われる。 青年は‘生活の為だ’と、答えると蔦屋は突っぱねる。

 やがて、蔦屋のお眼鏡に叶う絵師で道楽で絵を描いてる写楽(浦上晟周)と出逢う。

蔦屋は写楽の絵を色を多彩に用いて(版画にも難しかった色も使う)絵を販売する。

青年は大盛況の蔦屋の店に通りかかり、写楽を知る。 店の中の絵に魅せられつつも、怒りで店を出ようとする青年に写楽の為に設けた祝いの席に呼ぶ。

 青年は写楽に怒り、宴の最中に怒って出て行く。

放浪した青年は筆を燃やそうと迄したが…結局、翌朝出来ないでいる自分がいた。

明るい海が目に入り、入水自殺でも図るのかと言うほど、海に入る。

海に浮かびながら波を見て…砂に、あの幼少期の頃の様に絵を描く。

 蔦屋の前に絵を持ち込む。青年は、‘心の思うままに描くだけ’と伝えた。 蔦屋はその絵に納得し、青年の通り名は「北斎か」と言う。 北斎は、「北極星から取った名だ」と。

第2章。

北斎は弟子を取るまでになっていた。

北斎は親友の書き物に挿絵を添えるほどになってもいるし、伴侶が出来る。 妻には、子も出来る。北斎は益々、浮世絵の売れっ子である。

HOKUSAI相関図

第3章

愛しの妻は亡くなり、愛娘と江戸の外れの様な一軒家に住む。

変わらずに絵を描いてる中で、齢60を過ぎても70を過ぎても北斎の感じ目にした世界を絵にしていた。 突風が吹き、その様を躍動感のある絵に起こす。

北斎の絵で静止画なのに‘動いている様’な動きのある絵

絵を描き描いている内に、北斎はある日倒れる。

手が震えて仕方ない。

其れでも、絵を描きたいと、半身不随の様な状態のまま、旅に出る。

旅先で大地に触れ、そして赤富士(夕陽に浮かぶ富士山)を目の当たりにする。

 旅先での沢山のスケッチもあるが、なんと言っても赤富士を懇切丁寧に描くと、版画にする頃には見事な色合いの人気作が出来上がっていた。

 その頃の良き理解者は、政府の中の1人柳亭種彦(永山瑛太)で、仮名で文章を描いている。

北斎もその内、幕府に目を付けられて捕らえられるかもしれない気持ちもあった。

やがて、北斎の仕事の仲間種彦が書いてる本がバレてしまい、種彦は恐らく打首に遭う。

種彦の家族には、種彦は自害した…と聞かされる。北斎も亡骸を見るが…腹などを切り自害する時に介錯した様な首の切りかただったろうか? 幕府に殺されたのではないか…?と、取り憑かれた様に想像し、種彦の死んだ様…‘生首の図’を描く。

 ただ、この様な絵は幕府に見つかれば絵を描く場所を壊されるだけでは済まなくなる。 その為、弟子が離れた場所に居るが其処でその絵を預かってもらう事に。

 江戸から離れた北斎は、最期の大作を描きたいと、その弟子の家で大きな波の絵を完成させる。

映画『HOKUSAI』感想

まずは、前情報も無しに、葛飾北斎の生涯と思って見に行った。

役者も知らずにいたが、何処かで北斎役が柳楽優弥と知る。

凄く楽しみで出掛けると、冒頭は、北斎の幼少期からだった。

幼少期は少しですぐ、青年期になるが、北斎を語るには、政府にエンターテイメントを弾圧された時代と言う冒頭の説明に阿部寛演じる蔦屋の店前で作品が焼かれる等の演出は、本当にいつの時代でも、お上(幕府)の言う事は、決して正しい事ではないと思わせてくれる。

加えて、エンタメ(作中は横文字は無いからエンタメと言わないが)…つまりその時分は演劇〜歌舞伎やら版画やらを、庶民に与えない事が幕府のやり方と説明していた。‘考えさせない、感じさせない’庶民をそう言う事に触れさせない事で、阿呆を作り何も考えさせない〜と言った旨はよく分かる。今の時代も、“ゆとり社会”が始まった昭和終わりの時から、全く勉強量を減らし、学力を低下させてるだけである。 其れは学力が付くと、ある程度考えられるので、お上に逆らう考えをしてしまう為だ。 其れを与えない為。エンタメを見せないのは、そう言う感じかたを持って情熱でお上に逆らわせない為。 今も昔もそう言うお上の考え方があるなと、まず思った。

 役者面で言えば、もう、絵を描くシーンにしても、見る眼力にしても、阿部寛演じる蔦屋と、北斎演じる柳楽優弥のせめぎ合いのように、目力が強い。 阿部寛が片脚を抱えて座るシーンも良い。個人的にはツボ。 遊郭で歌麿が絵を描く時にその肩脚抱えて座ってるのが可愛い。

 最初の遊郭に居る玉木宏演じる歌麿も、面白かった。 ただ、玉木宏と最初気付かなかった。玉木宏は、途中、声で気付いた。

 遊郭の京女のシーンも面白いが、上級花魁(京女)が居る部屋も素晴らしい! 屏風絵がメチャクチャ見事である。

 写楽のシーンも面白い。道楽で描いていたなんて。北斎が写楽に嫉妬するのも分かる。写楽の人間性が面白いし、心で描いたってセリフも良い。

 北斎が徐々に成長していくシーンは長い様で短く感じた。柳楽優弥自体、ドラマの『アオイホノウ』で漫画家役をやっているのを知っているので描く事、魅せる事は全てにおいてパーフェクトなのは分かっていた。 其れよりも、冒頭の阿部寛とか玉木宏等豪華俳優陣にビックリした。

 それ以上に。柳楽優弥には悪いけど、後半の北斎(老年期)を演じた田中泯を見た時、私は田中泯さんを存じてなかったんだけど、本物の北斎が其処にいると思った。

映画自体、柳楽優弥演じる青年期の北斎で構成された物語かと思っていた。 其れが。ホンモノの北斎が居たんだ。

田中泯さんは、マジで上手すぎる。其処に北斎がいる様だった。そして、北斎が絵のヒントを得る突風が吹くシーンでは、ものすごい笑顔だった。良い歳のとり方をしていると思った。

 絵を描くシーンから何から凄い役者さんだと思った。もう語彙力が足りないくらい。

先程も書いた風に吹かれた庶民を描くのを思いついた時の笑顔も印象的だ。

其れよりも!

1番の印象的なシーンは、北斎が種彦の打首のシーンを想像し目の当たりにする様な描きかたかたに、「え?嘘でしょ?この場面を絵にするの?」と声が出そうな程であった。

 浮世絵…などで、幽霊絵は本当に怖く魂が入っているものも多い。どう描いているのだろう?と思ったが、其れを見てきたかの様に、その場に居た様な場面を想像して描いていたのだろうという一絵を切り取った様なシーンだ。

本当に種彦が襲われて助けを求めているのを見て描いた恐ろしい絵。「生首の図」怖い。

葛飾北斎『打首の図』

後は、締めの大作を描く時。

まさかの青年期と老年期の北斎がWで描いてる様を映像化して終わりと思わなかった。

 感動しかないだろう、この映画は。ちゃんと、エンタメしていた。

今の時代だからこその北斎

何で今、HOKUSAIなのか分からないけど、この作品の冒頭に言いたい事がほぼ詰まっていた様に思う。

何度も書くけど、‘お上の決め事’に対して、‘自由にする国民’がいるが、そこには制限があってしまう。 

それは、見えない壁として、貧困だったり、お上によるエンタメの制限の様な国の制度。其れが、過去の江戸時代からも変わらないという事。

其れをこの作品を通して、垣間見る事が出来る。つまり、比喩表現というか、社会に対しての風刺だよと言う事。 北斎の絵にしても、打首の図こそ風刺画だし。

此処で重要なのは、この作品自体、本当は2020年に公開だった。つまり、風刺作品はコロナ前には出来てた…もしくはコロナ禍だからこそ、作ったのか…と。

コロナ禍で、現世においてお上(政府)がここ最近、感染症予防として、エンタメの場所(主に首都圏の映画館や美術館などは自主的に)を行っては行けないよと規制したのだって、其処で感染症(クラスター)が発生してない限りは弾圧的と言えよう。その様のコロナ禍と、北斎らの時代に止められたエンタメがこの同じ時期と言う事から、“今、だからこそ”やる作品だったと感じる。

 HOKUSAI の映画は、今の日本にとっても、昔と今のお上からの抑制が似ていて、日本は進化してない様が一緒…其れを教えてくれる。

 其処で、気持ちが萎えては行けない。 この映画を見て感じて、どうか日本が変わるキッカケにもなって欲しいと思う。

若い世代こそ、勉強して見て欲しいなと、思った。


多分、海外に持って行っても良きかなとは言えるけど、どうせなら絵を描く時、クラシックとか音楽をかけても合いそうだなと思った。

つまりは、この映画の映像から私はクラシックが聞こえた様な作品だったと言う事です。

面白かったし、エンタメ好きな人は見るべき。

 星評価で言えば、星5でも良いけど、W主演・流石の演出・豪華俳優陣合わせて、良い作品なのだが…0.5引いたのが終わりかたの演出はが圧巻とは言い堅い為…です。

 確かに青年期と老年期の北斎が2人が時を経て紡いでいく完成させた大作は、老年期の北斎がまだまだ若々しくその様を描いてると思うのだけど。其処には、“2人”の大作になってしまっている様に見える。

北斎は1人だから…2人で仕上げるみたいな作りよりも、‘まだ老年期の北斎の中には青年期の北斎の情熱があり、ここまで描けた’と言った様な終わりかたでも良かったのかな。もしくはもう、最期に柳楽優弥出さないで田中泯の北斎が1人で描いた大作で終わっても良かったのかなと。まぁ、2点挙げたけど、どちらも映像化するとチープだな。

やはり、其れを上回る想像し得ない違う終わりかたなかったかな〜とは思うよね。

故に星4.5。

評価 :4.5/5。

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