地上波放送で2回目『天気の子』鑑賞

2019年作品

“新海誠監督”はやはりビッグタイトル

 『天気の子』映画公開当時も、映画館で働いていた。 リアルタイムで働いてると分かったのが、前作『君の名は。』の影響を受けて、‘新海誠’のビッグネームは一人歩き始めたと言って良いと思う。 『君の名は。』の前作の『言の葉の庭』はミニシアター系でありながら、何となく私の耳にも、響いてきた、“新海誠”と言う有名らしい監督の名だと。 その又前の作品から、アニメ大好きな人達の中には名は通ってたと思うけど。いずれにしても、『言の葉〜』の前作品達はミニシアター系で、『言の葉〜』ほど、上映館は無かったと思う。 

 映画館には、『君の名は。』に感動した人たちが期待と奇跡のファンタジーを観たい想いを胸に駆けつけたと思う。 だが。結果は、様々。

 『君の名は。』好きな勢は、『天気の子』苦手だし、『天気の子』が好きな勢は『君の名は。』はイマイチと言う二極化したと思う。

 また、新海誠作品が、『君の名は。』のお陰で、アニメ好きと呼ばれてない人達にも普及し、こぞって映画を見る現象が生まれた。此れはほんと、ジブリや,『サマーウォーズ』などの細田守監督と同様にビッグネームが誕生した瞬間かと思う。

 本当に、昔のアニメ映画は、ヲタク・子供しか見ない〜又は、ドラえもんやアンパンマンの映画なら、子供の付き合いで見る層だった。 だが、新海誠監督作品により、ジブリ化した様に、新たなファンと一般層(映画を普段見ない様なカップル、映画が趣味でない人でも話題だから来る層)にまで及んだのは、プロモーション共に良かった要因だろう

 プロモーションのかけかたとしては、事前の宣伝もだが、メイン声優が芸能人…神木隆之介くん、上白石(此処は東宝シンデレラなのでオーディションで受かったと言うより意図的か?)、周りを固める声優もご存命でした市原悦子さん、イケメン俳優成田凌(てっしー)、長澤まさみ(奥寺先輩)とスゴいメンツが揃った。 其れを支える声優人も有名な声優さん達でもある。 あと、音楽のラッドウィップス(以下RAD)が大きい。 『君の名は。』を見に行くのは、声優・俳優ファンのみならず、RADファンも多いのでは。 RADのプロモーションビデオ(PV)と呼ばれるだけの作りもしていた。 結構、作品構成…と言うか音楽・好きな俳優使用は自体、監督の私利私欲。 それでも、沢山の奇跡を感動を、あと、何よりの絵のリアルさ素晴らしさを求めて見に来る観客で殺到していた。

 だが、中には、『君の名は。』の時にも居たが、観客が本当に…一般人も多くてアニメに慣れない人達で面白い!と言う人も居たが、中には、キャバクラの同伴だとか、本当に映画を見ない層が(大きな声で)「面白くない!」と言って出てくる人もチラホラ居た。 其れは、『君の名は。』に限らず、『天気の子』でもだ。 ただ、話題だから見に来た人達。 そして、他作品だが、今話題のメガヒット作『鬼滅の刃』すら、普段映画を見ない人達も、「面白くない!」と出てきたのは、目立つためなのか。たまに、物語を理解しないで「面白くない」と大声を張り上げて居る人は昔からいる。 

私の成人してから数年後…24歳の時に映画『ホワイトアウト』と言う作品(主演 織田裕二)があった。この作品は、サスペンスで、山登り中心もあるが、ちょっと難解なミステリーも含まれていた。その作品の時代にも、理解出来ない(元は小説だが)層が「面白くない!」と言ったり「理解出来ない!」と大声で感想を言いながら出てきたのを見た事がある。 今なら、ネタバレになると周りから批判を受ける時代なので、映画を見た後、感想を言いたかったら、感想サイトに書き込むか、一緒に見た人と、コソコソと話し合えば良いのにと思う。

 何にせよ、『天気の子』自体は、難解でもないが、好き嫌いは個人の自由だが、普段映画を見ない人達の層が見るキッカケになった‘新海誠’と言うビッグネームに魅せられ来るのは仕方がない。

流行ったのだもの。 ジブリももう、ヲタクだけの作品ではないし。 ただ、ビッグネームと化したものは、流行り廃りに関係なく、一人歩きというか、とりあえず、有名なら見ようと言うミーハー層にも知れ渡るし、見に行くキッカケになる。新海誠だけではない。細田守もその1人かと。

本公開2年後の今に、何故地上波か?テレ朝の真意『天気の子』 エンドロール後に新たなメッセージ

『天気の子』地上波。 其れは、このご時世でもあり、心躍らされた。 しかも、監督監修の元、新たなメッセージを加えたエンドロールと言うではないか。 ノーカットでなくても、とりあえず見よう!と、チャンネルを回した勢も多いだろう。 私は、3が日仕事だったので、録画を見たが。

 結果的に言えば、ちゃんと映画を放映し、エンドロール後にメッセージをテレ朝が発信した形であり、『天気の子』の違う(if)エンディングと言う訳では無かった。 

 メッセージ自体は、“穂高の住む社会では日本は雨にほぼ沈んでしまった世界だ。 現代に生きる(コロナ禍)人達も‘今を生きるしかない’ガンバロー“。 …うん。泣けなかったけど。約1分間のメッセージは、人の心に希望をもたらしたろうか?私は、‘我慢するしかない’と言う様な意味に捉えてしまうと思った。 詳しい記事は、シネマトゥデイさんにもある。 また、この初地上波をするにあたって、仕掛けたプロモーションに面白いのがあった。 都バスで曇りガラスに出る広告…雨の日?曇りガラスになる条件が揃わなければ出ない広告。 ただ、今はコロナ禍で窓を開けたり、空調を強めにかけたりする条件化で曇りガラスになるのは難しいのでは?と思った。詳しい記事はシネマネットさんに載っている。

『天気の子』(2回目)見た改めての感想と考察

 ノーカット地上波と言うけど…穂高が新宿の鳥居のあるビルに登るシーンでの繋ぎ目が上手くないというか。カットしたのかな?と思ったけど、地上波ノーカットだって、一応。

 改めて見ると、2年前の2019年作品なのに、すごく…覚えてない。 覚えてるのはどちらかと言うと、見に行った環境が最策だった事。 出来たばかりのグランドシネマサンシャインにての鑑賞だが、初日にて、夜の回に期待して意気込んで大きなスクリーンのチケットを旦那さんに取ってもらってだったが。 池袋の民度は低いなと言う、途中入場・携帯依存症の様なヤツのスマホ付けつつの鑑賞。状況は良くは無かった。 だが、映画が進むにつれて大画面で見る新海誠作品の特徴のリアル過ぎる綺麗な画像………。

ビックリするほどの大スクリーンでの雨のシーン。 寒ささえ、伝わってきた。雨だしね。

 今回、TVサイズで見ると音響は、映画館と差が出てしまう。ただただ、絵の綺麗さと、疾走感はそこまででは無い。映画館で見ると、RADが流れて回想シーンの様なPVの様なシーンの辺りは、疾走感があり、清々しかったが。

 最初は、面白いかもしれないが、何故、銃を登場させて追われる構図になってしまったんだろうと。 ただただ、追いかけられる、走る絵を魅せたかっただけなのかと。 そう言う処がガキっぽい主人公でムカつきさえする。高校生だよ? そして、ちょっと今現代の子供っぽくはない。 背景絵がリアルな分、今の新宿・池袋で現代っぽいのにファンタジーだから?未来の日本なのか?

ifの日本なのかとも思うけど、現代の学生と比べたら…古い学生感と『君の名は。』の主人公達と同じ高校生には見えない。 

 つまりは、この作品は最初の疾走感を過ぎ、結局は“自分の思うように生きたら良い、世界がどうなろうとも”と言うメッセージを含んだ終わりかた。今までの、アニメや色んな物語の‘自己犠牲をしてでもこの国(世界)を守る!と言う正義感あふれた終わりかたではない。つまり、今までの「普通ではない。」

だから、心に響く人も居たと言うけど、物語は……… ガキっぽい主人公が、銃をすぐ捨てれば済んだ話しであり、銃のくだりは必要だったのか? 

 この映画の考察では、主人公穂高が、自分の島から出て最初に出会う東京の大人、“スガさん”が穂高と同じ立場だったと言う話には、納得いく。 スガのifで違う未来が,穂高だとか。 つまり、その人の考察は、スガも晴れ女の妻を持ち、その妻は力の使い過ぎで居なくなってしまった〜だが、穂高は晴れ女の陽菜を助けにも行けたし、‘巫女が力の使い過ぎで消える’という事が無かった…と言う考察。 たしかに、その考察した人は、素晴らしい。納得のいく‘答え’。だが、考察をしなければ伝わらない映画って何だろう?原作(同タイトル監督著の小説あり)と違うのだろうか?と思わせる。 そして何より、銃はいるのか!? “銃”は国家権力の象徴としてて、其れを覆す‘個人の意思’と言う意味で登場させたんだろうけど、あんまりな小技で陳腐な象徴になってないかな。だから、面白くないと思った。(個人の感想です)

上記の考察についてはdrama9 「須賀の妻考察」を参考にしました。 また、note「天気の巫女説は違うと思う」と言う個人の感想ブログもあります。

考察は色々ありますが、穂高と陽菜が‘狂った世界’の中で生き続ける心中と言う人も居る。 私自身は、思う様に生きて…生きる事を決めたのは“2人”だけで、2人が幸せなら他は良いなんてどうなんだろうと思う。日本を沈めない方法があったのではと。 其れには巫女が1人で良い位狭いのだろうか、この国はと思ったし、昔の伝承ならば人柱で1人の巫女と思いつつ、各村に1人とか居たのではないか?人柱が。 陽菜と言う一般人がたまたま見つけた神社で巫女の洗礼も受けてないのに、人柱になれるほど簡単に巫女になれるんだろうかとか今なら、思う。

 例えば、まどマギみたいな魔法少女が沢山いたら…其れで世界はと言うかその沢山の少女達によって影で支えられた国日本と言う構図なら、分かる。 

 実は陽菜みたいな人柱が全国に沢山居て、あのタイミングで一斉に人柱をやめてしまうなら、ヒロインの陽菜だけが責められる話ではなくなるよね。 まぁ、そんなエンディングだと、話しがとっ散らかるけど。まどマギだとマドカがタイムループをほむほむの能力によりタイムループしまくって強くなったという強大な力があった。 だが、一般人のこのヒロインの陽菜は何の努力もなく、偶然の産物でヒロインに成った。そして,強大な力を授かりながらも人1人の力で祈るだけで晴れさせ、人柱となって消えるはずが、偶然と言うか此れも出来すぎた話しの穂高と言う主人公に出会い、穂高が止めに入る事で生きる事が出来た。 其れだけの物語。 やはり話が出来すぎてて、ファンタジーと解ってても、共感も感動も出来ないや。

其れでも、原作小説と見比べて考察を見るのはなかなか、面白さもあると思ったよ。 私は好きじゃないけど。

 グッズとしては、パンフが『君の名は。』の時の様に第二弾まで出たが、陽菜のチョーカーや穂高のバッグがやはり、売れた…かもあの時。 受注生産みたいなチョーカーの高いやつも出た気がするw。 そんな思い出。

私の最初の『天気の子』感想はこちら

評価 :3/5。

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